≪ 三、たまたま偶然見てただけ、だからね! 12 ≫
「だから、提案しているんです。俺に恋して、俺と結婚しませんか、ってね」
そんなことできるわけがない。ふつふつと怒りが湧いてきたが、どうにか平静を保った。
「あなたは私の何を知ってそんな馬鹿なこと言ってるんですか?」
冷えた声で訊くと、一真が盛大に肩を竦ませる。
「そりゃ、直己の話だけだからまだ何も知らないと言ったほうがいいかもしれませんね。
でも、俺は弟からあなたの話を聞いた時とても惹かれるものがあったんです。
それこそ『この人だ』ってね。だから……」
考えてみてくれませんか、と予想に反し姿勢を正してきた。
伏し目がちに問われては、戸惑うほかない。
「はあ……」
どうやら本気で自分と結婚する気らしいと分かり、
その途端、またしてもあの不愉快な胸の動悸が戻ってきた。
菜穂子はどくん、どくん、と脈打つ胸を押さえる。
(そんな、そんなことあるわけないのに)
出会って1ヶ月経つか経たないかの人間に、惹かれているとでも言うのだろうか。
(お願い! 治まって!)
だが胸の動悸が治まる気配は一向になく、菜穂子はそのまま、一真に対し曖昧に頷くのが精一杯だった。