≪ 二、なんでここにいるんです? 5 ≫
「えー、そんなことないですよ? 決めるとこは決めてくれますし」
もはや完全に惚気けている。
(最初は直己君目当てで美術館〈ここ〉に通ってたくせにねぇ)
警備員の風間から聞いた話によると、
イラストレーターの卵である彩香が初めてこの美術館に来た時、
目の前に女性像を眺める直己を見つけたのだそうだ。
以来、彩香は女性像を眺める直己目当てでここへ通いつめていた。
それだが、まだ恋にもならないうちに直己には彼女ができてしまった。
気落ちする彩香に声をかけたのが田中館長、というわけだ。
(館長は館長で最初っからそんな彩香さんの後ろ姿にぞっこんだったけどね)
内心で苦笑しつつ、菜穂子は彩香の言葉に身を乗り出す。
「へぇー! それはどんなことで?」
不自然なほどのオーバーアクションで訊ねると、彩香の頬が一瞬にして朱に染った。
「え! いや、う……な、内緒ですよ!」
必死に手を振り拒絶を表す彩香に対し、菜穂子はにやにやが止まらなくなる。
「あらら? それで逃げ切れると思ってるの? その手に持ってるのは館長へのお弁当でしょ?
館長今作品展のために絵を借りに行ってるからいないわよ?
無事に手渡すには私に預けるしかないと思うんだけど。
理由を詳しく教えてくれないなら渡してあげないわよ?」
十分すぎるほどからかいを含ませ軽く彩香を脅すと、彩香の頬が膨れた。