お狐様が嫁になれと言い出しました 11
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≪ 第二章 待ち望んだ日 1 ≫






 天(てん)の眼前に、鰹出汁の匂いが湯気と一緒になって漂ってきた。
舌なめずりをした先には、きれいに巻かれた黄色い玉子焼きが置いてある。

「今日も美味そうな出汁巻きだのぅ」

 中庭にある欅(けやき)の大木で暮らしていた自分を孝一が自宅へ引っ張りこんでからというもの。
天はこの出汁巻き玉子が大好物になっていた。
 小笠原家の先祖から神として崇められるよりもずっと前のこと。
ただの狐のあやかしだった天は家族、友人、伴侶を人間によって奪われた。
助けることができなかった非力さを悔やみ、己の命を賭し、人間と、人間を生み出した世界へ復讐しようと
誓ったはずなのに。どこでどう間違えたのか今では神として祀られ、神主の家で出汁巻き玉子に
舌鼓を打っている始末だ。

(われも丸くなったもんだのぅ)

 天は過去を振り返り苦笑した。

「お狐様は園子さんの作った出汁巻きが大好物ですものね」

 正子が瞳を輝かせこちらを見ている。
年を取り皺が目立つようになったが、それでも幼い頃と何一つ変わらない笑みに天も頬を緩めた。

「あーそうだのぅ。だが正子の作る甘い玉子焼きも好きだぞ」
「まぁ、お上手なんだから。もしよろしければ私の出汁巻きもお食べください」

 正子が嬉しげに出汁巻きの乗った皿を寄せてきた。天は遠慮なくそれを口に入れる。
鰹出汁が口の中を染みこむように広がる。
円やかなそれでいて少しほろ苦いような塩の味がのど越しをスッキリさせてくれた。

「ふふふ。お狐様、孝一さんのもいかがですか?」

 正子が眦(めじり)を下げ、孝一の皿をこちらへ近づけようとする。しかし孝一の老いた手がそれを阻み、
出汁巻きがこちらへくることはなかった。

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