お狐様が嫁になれと言い出しました 28
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≪ 第三章 人ならざる者たち 8 ≫






 日の光が届きにくい、少しじめっとしたひと気のまったくない路地裏へ入りこんだ。
壁づたいに大きな蓋つきのポリバケツが置いてある。清美はその蓋の上に懐中時計を置いた。
 時計は清美の手から放れるや、漢数字の書かれた文字盤を前へ倒す。
あれが時計の顔になっているのだろうか。
本体である文字盤のほうが重いのに前屈みなどしてポリバケツから落ちたりしないかと、
清美はハラハラしながら見つめた。しかし時計は揺らぐことなく、頭を下げたままの状態を保っている。
よく見れば、衣服につける留め具部分が手の役割をしているらしい。
それを地面につけ、文字盤を安定させていた。

『ありがとうございます、清美様。
お狐様の伴侶であるあなた様にお願いするのはおこがましいとわかっています。
けれどあなた様におすがりするしかないのです』
「ていうかあんたの主って誰? むしろあんたが何? なんで良人君には見えてなかったの?
それに私は狐の嫁じゃないし、そもそもなんで私の名前を知ってるのよ気持ち悪い!」

 良人との時間を邪魔された不満が一気に噴き出す。言いたいことを一気に言い切り、少し気が晴れた。
清美は荒くなった呼吸を整えながら時計の返事を待つ。

『き、清美様、そう次から次へと言われましても……』

 顔をあげた時計はひるんだのか、少し後ずさっていた。
 興奮しすぎたようだ。清美は、ばつが悪くなりそっぽを向く。
しかしすぐに時計の咳払いが聞こえ、視線を時計へと戻した。

『まずは、お話を聞いて下さって感謝いたします』

 再び時計はちょこんと器用に頭を下げた。清美もつられるように微かに頭を下げる。
表情などないただの時計のはずだが、清美には微笑んでいるように見えた。

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