お狐様が嫁になれと言い出しました 30
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≪ 第三章 人ならざる者たち 10 ≫



※※※


 本通りへ戻り、良人と歩いた道を逆走するとすぐに狸の置物が見えてきた。
その隣にある店が目的地でもある一刻屋だ。
 清美が店の中へ入ろうと扉に手をかけると、路地を入った奥のほうから話し声が聞こえてきた。
清美はそちらへ気づかれないよう近づき、手前にある電柱の影に隠れる。

「奥さん、どうですか。悪い話ではないと思うんですがねぇ」
「うーん。でもねぇ」

 セールスマン風の紺色のスーツを着た男が、
玄関口に立つ萌葱色の着物を羽織っている老婆、十和子へ話しかけていた。

『清美様、あやつです。あやつが我が主を唆しているのでございます』

 時計は清美の手のひらで飛び跳ねながら留め具で男をさした。

「ねぇ、なんであの人尻尾なんてつけてるの」

 きっと正面からだったらわからなかっただろう。
スラックスに穴が開いているわけでもないのに、男の尾てい骨あたりからふわふわの毛に覆われた
茶色の立派な尻尾が生えていた。

『狸めが人の姿に化けているからでございます。あれがあやつらの手口なのですよ、清美様』

 瞳で捉えたものが実感できず、清美は目をこする。そんなこちらとは反対に、時計は憎々しげに唸った。

『あー! 清美様、主が襲われてしまいそうです』

 時計の言葉にギョッとして玄関を見る。セールスマンが無理やり家の中へ入ろうとしていた。

「十和子おばあちゃん、こんにちは」

 気がつけば清美は、時計をスカートのポケットに入れ電柱の影から飛び出していた。
 突然の乱入に人に化けている狸が驚いてこちらを見る。
その後ろで気まずそうな、それでいてどこかホッとしたような顔をする十和子が目に入った。

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