お狐様が嫁になれと言い出しました 36
acworksさんによる写真ACからの写真

≪ 第三章 人ならざる者たち 16 ≫






 清美が肩を落とし理髪店から出ると、先刻一刻屋にいた狸が待ちかまえていた。
予想だにしなかった相手の登場に清美は目を見開いて立ち止まる。

「あなたが小笠原清美さんでしたか。ふむ。どうやらあなたは目のよい人間のようだ」

 丸い目を細め剣呑さを含みながら近づいてくる狸に、清美は足を一歩引いた。

「な、なんで私の名前を知ってるんですか?」

 しかし狸はこちらの質問には応えず、あざけるように笑う。

「そんなことよりも今後は今日のような我々の邪魔をしないでいただきたい。
今回は見逃してさしあげますが次はないと思ってください」

 邪魔というのは先ほどの十和子のことを言っているのだろうか。
だが、商店街の存続を望んでいる自分にはできない相談である。

(しかもなんで上から目線で言われなきゃいけないわけ)

 清美は狸の態度に、恐怖よりも憤りを感じ始めていた。
品定めするかのように見据えてくる狸に負けじと睨み返す。

「そんなお願いは聞けません。だいだいあなたなんなんですか! 狸のくせに人間になんて化けて」
「威勢のいいお嬢さんだ。ではしかたありませんね」

 狸はフッと鼻で笑うと、突然こちらの眼前に手のひらを翳してきた。清美は反射的に目を瞑る。

「あれ? 清美ちゃんどうしたの? 帰ったんじゃなかったの?」

 目を開けると良人が不思議そうな顔でこちらを見ていた。

「え、あれ、良人君? 狸は?」

 ほんの一瞬前までスーツ姿の男に化けていた狸が立っていたはずだ。
それなのにあたりにはそんな人影はなく、良人だけが立っていた。
清美は予想もしていなかった状況に頭が働かず、目をパチリとまたたく。

「何言ってるの清美ちゃん」
「あ、ごめん。へへへ寝ぼけてたみたい」

 確かに狸がいたはずなのに。清美は内心で首をかしげる。
しかし、良人へバカ正直に告げたところで変な顔をされるだけだろう。清美は頭に手をやりごまかした。

一つ前を読む   小説の部屋に戻る   次を読む





オープニング背景画像:MICHYさんによる写真ACからの写真