晩春の夜風に薫る記憶は 16
キイロイトリさんによる写真ACからの写真

≪ 第二章 おしゃなりさま 4 ≫



「『キヨメ様』は本来『狂女(きょうめ)』と書きます」


 自分にわかりやすいように、
千代が指で大きく宙へゆっくりと文字を綴ってみせてくれる。

居住まいを正し頷くと、千代が微かに口の端を上げる。

「毎年この時期になると、村人の中で満四十歳になる女性のうち一人が、
突然変貌するんです。色々と不可解なことを言い出したり、狂ったように踊り出したり。
それが『キヨメ様』と呼ばれる人物です」
「はあ」


 それならさほど危険な存在ではない気がするが。

真人は内心で首をかしげる。

よほど怪訝な顔をしていたのだろう。

千代がひたと見据え、口を開いてきた。


「私たちも『キヨメ様』が、
ただ不可思議なことを言ったり踊ったりするだけなのでしたら騒ぎはいたしません。
『キヨメ様』は危険なのです。とにかく夜には」
「なぜ、夜なんですか?」
「昼間はお休みになっていらっしゃるからです。
けれど、夜になると『おしゃなりさま』の巫女を捜して村を徘徊し始める。
その年の巫女を殺めるために……」


 瞳を伏せる千代の言葉に、真人は目を瞠る。


「なんだって!」


 確か自分は、その『おしゃなりさま』の「巫女」になるために
呼ばれたのではなかったか。

立ち上がり叫んだ後で、全身に震えがくるのを自覚した。

けれど、千代が淡々とした口調で話を続けてしまう。

だがそれは、故意に感情を押し殺したもののように思われた。

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