晩春の夜風に薫る記憶は 4
キイロイトリさんによる写真ACからの写真

≪ 第一章 五月の風に誘われて 4 ≫



「まいったなあ」


 真人は両腕をさすりながら辺りを見回した。

こんな所で道に迷うとは、と一人嘆息する。

 山の夜は寒い。

 六月も近いとはいえ、薄手のシャツ一枚ではどうにも心許ない。

にわかに強くなる風に周囲の木々がざわめいて身を硬くした。


「とにかく、寒さを凌げる場所を探さないとな」


 スマートフォンの地図機能がどういうわけかうまく表示されず。

電源も残り少なくなったそれを尻ポケットへと入れ、決意を新たに歩き出した時である。

誰かが腰の辺りを、二度突いてきた。

ぎょっとして身を竦め、歩みを止める。

恐る恐る振り返ると、それは目前で厳然と佇み、静かにこちらを見つめていた。


「貴方は……」


 真人は呻いた。

それは先刻会ったすこぶる背の低い老人だった。


「ほうほう、また会うたの」


 老人が、にたりと笑む。真人はゆるゆると首を縦に振った。


「なぜこんなところにいるんです?」


 我ながら頭の悪い質問だとは自覚しつつも、問わずにはいられなかった。

いるはずのない人間がここにいるということが、どうしても解せなかったのだ。

だが老人の反応は、相変わらず鈍い。


「なぜ? ……ふむ……」


 斜め上を見上げ顎髭を撫で下ろしながら、考え込むようにして応えてくる。


「なぜかの?」
「俺が訊いてるんですよ」
「ほうほうほう」


 真人は頭を抱えた。

老人が纏う威圧感と彼の口から発せられる言葉が、どうしても噛み合わない。


「そんなことより。のう、お前さん。わしの言うことをちぃとも聞いておらなんだの?」
「何をですか」


 まともに取り合う気も失せ、なげやりに答える耳に、老人のあからさまな溜め息が届いた。

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オープニング背景画像:ぺるみけさんによる写真ACからの写真