晩春の夜風に薫る記憶は 8
キイロイトリさんによる写真ACからの写真

≪ 第一章 五月の風に誘われて 8 ≫



「お待ちしておりました」


 蔦の生茂る古惚けた紅いレンガ塀。

塀に囲まれた集落の入り口で、見知らぬ人物が立っていた。

白の燕尾服に白いステッキ、純白のシルクハットを目深に被った小柄な青年だ。


「我が村へようこそ。本当によく来てくださいました」


 青年が厳かな口調で言葉を紡ぎ、一礼する。

彼の声は予想していたよりも高く、少年のようだった。


「はあ」


 真人は曖昧な笑みを浮かべる。

もしかしたら、見た目よりもずっと年下なのかもしれない。

ふと気がつくと、硬く握られていたはずの右手が、いつの間にか解放されている。

後ろを振り返ると、白い集団は一様に深々と頭を垂れていた。

燕尾服の青年が鮮やかに微笑み、彼らに答える。

青白い月明かりの下、どこか幻想的な光景だった。


(綺麗だな)


 だからこそ、怖い。

真人は今さらながらに、自分の置かれた状況を呪った。

逃げ出す術があるのなら今すぐ逃げ出したい。

だが、行く手をすべて囲まれたこの状態では、それも難しい。

 絶望的な思いに駆られながら、目前の青年を窺い見た。

青年がそんな心情を見透かしたかのように、軽く頷く。


「皆さん、本当にご苦労様でした。お疲れでしょう? 今宵はゆっくりとお休みください」


 青年が無駄のない動きでステッキを挙げ、ゆっくりと門の中を示す。


 ――シャリン、シャリン、シャリン……


 彼らは吸い込まれるようにして集落の中へと入っていった。


「では、真人様、私たちも参りましょう。ついて来てください」
「え?」


 言うが早いか青年が、くるりと身を翻す。

そのまま門を潜って行ってしまった。

こちらがついていくことをまるで疑っていない様子だった。

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オープニング背景画像:ぺるみけさんによる写真ACからの写真