晩春の夜風に薫る記憶は 9
キイロイトリさんによる写真ACからの写真

≪ 第一章 五月の風に誘われて 9 ≫



「なぜ、俺の名前を? いったいここはどこなんですか?」


 後ろ姿に向かって問いかけたが、青年の耳には届いていないようである。

真人は少し迷った後、彼を追った。

 足裏が硬い。

その上滑るし、心なしか足音が響く。

不審に思って足元へ目をやると、いつの間にか地面が土から石畳へと変わっていた。


「気をつけてください」


 追いついた途端、青年が注意を促してきた。


「今宵貴方が私どもの村へいらっしゃることは、以前より承知しておりました」
「俺はまったく承知してないんだけど」


 眉根を寄せると、青年が頷く。


「わかっています。けれど、誰がなんと言おうと、
貴方はキヨメ様に選ばれた『おしゃなりさま』の巫女なのです。だから……」


 青年が僅かに言い淀む。

いったいこれはなんの茶番だ。

この期に及んで何に気をつけろと言うのか。

真人は青年を見据えて問い質した。


「ここはどこなんです? なぜ俺の名前を? そもそもあんたは何者なんだ?」
「名は、今は申せません」


 青年がシルクハットのつばに手をやり、声を潜め俯き加減に答える。


「ここは私どもの村です。
キヨメ様のお告げにより貴方様のことを知り、お迎えに参りました」
「『キヨメ様』っていうのは何者なんです」
「それも私の口からは申せません。すべては村長が語られるはずです」


 立て続けに質問するのに対し、何も答えられないと青年がかぶりを振る。

真人は溜め息を吐き、空を仰ぐ。

満月には少し足りない月の青白い光と、満天の星が目に入った。


「なら、村長って人はどこに?」


 視線を戻し再度尋ねると、これには吐息に紛れるような声音での返答があった。

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オープニング背景画像:ぺるみけさんによる写真ACからの写真