晩春の夜風に薫る記憶は 最終話
キイロイトリさんによる写真ACからの写真

≪ 第七章 記憶の中で 最終話 ≫



「あら、駄目じゃないですか。お義父さんたら」


 女が頬に手をあてると、隣にいる男が破顔する。


「いいじゃねえか、祭りなんだからさ。嬉しいんだろうよ」
「そうだそうだ」


 会話から察するに、若い男女は夫婦らしい。


(千代さんと、信二さん?)


 微笑み合う三人をまじまじと見つめ、真人は小さく肩を揺らした。


「ふはは。確かに。俺、何かを変えられたんだ」


 これも五月の風の置き土産なのか、それとも山の神からの贈り物なのか。

仲睦まじい彼らを見て、胸が痛むのはなぜなのだろう。


(もう、笑うしかないよな)

 この期に及んで疼く恋心に自嘲していると、赤ら顔の男が上機嫌で背中を叩いてきた。


「まあ、とにかくだ。
こうして出会ったのも何かの縁だ。社務所で一杯やっていけ」


 肩を抱かれ、誘われるままに神社へ向かい歩き出す。

心に暖かい何かが流れ込んでくるのを感じた。


「あの……」
「ん? なんだ?」


 赤ら顔の男に真人は問う。


「『ツキメ様』って、いったいなんなんですか?」


 赤ら顔の男は待ってましたと言わんばかりに語り出した。


「ツキメ様はな、『おしゃなりさま』の時にだけ崖の突端へ舞い降りる、月の女神様のことだよ。
綺麗に着飾ったおしゃれな女神様だから、町で二十歳になる女たちも着飾って崖まで練り歩く。
だからみんなこの祭りのことを『おしゃなりさま』って言うんだとよ」


 得々として語る赤ら顔の男を前に、真人は吐息する。


「そうですか……。よかった。本当によかった」
「兄ちゃん、変わった奴だねえ」


 赤ら顔の男が盛大に肩を揺らした。

それを尻目に、真人は呟く。


「俺にも、やれることは、ある」


 それが何かはまだわからないが、その時が来たら全力でぶつかってみよう。

 真人はもう一度空を仰ぐ。

 数日とはいえ、こことは違う場所で、それでも現実を生きていた。

足掻いて、もがいて、ほんの少しだけれど、確かに世界は変化した。

煌々と輝く丸い月を眺めながら、深い息を吐く。

 彼の地で見た星は、今も見ることが叶うのだろうか。

だが、そんな問いかけに答える者がいようはずもなく。

真人は行き過ぎる『おしゃなりさま』の澄んだ音色を聴きながら、夜空の星を眺め続けた。


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オープニング背景画像:ぺるみけさんによる写真ACからの写真