晩春の夜風に薫る記憶は 13
キイロイトリさんによる写真ACからの写真

≪ 第二章 おしゃなりさま 1 ≫






 潮の香りがする。

この辺りは海が近いのだろうか。


(なんか、おかしくないか?)


 青年について道を歩いていた真人は首をかしげた。

自分は今山中にいるのではなかったか。

戸惑いながら先へ進むと、やがて黒塀が見えてきた。

遥か向こう側、黒い瓦屋根と白壁の屋敷が闇の中で、ぼんやりと浮かび上がっている。


「あそこに行くんですか?」


 前を行く青年に尋ねると、ええ、と短い返答があった。

真人はそれ以上堅く口を閉ざしたままの青年に倣い、早足で目的地へと急ぐ。

辿り着いた先は、平屋の屋敷だった。

敷地内には五つもの大きな蔵があり、玄関の間口も予想以上に広かった。


(ヤバい関係の人たちじゃないだろうな)


 若干警戒しながらも促されるまま屋敷へと上がり込むと、
奥からやってきた着物姿の女性たちに取り囲まれる。


「どうぞ、こちらへ」


 背中を押されるようにして一間廊下を進みながら、真人は青年に問いかけた。


「これはなんなんですか?」
「心配はいりません。少し浄めていただくだけです」


 では私はこれで、とシルクハットのつばを少し上げ、青年が踵を返す。


「え? ちょ、ちょっと!」


 呼び止めようともがくが、さっさと行ってしまった。


「真人様、湯殿はこちらでございます」


 足掻く身体を押さえつけられ、女性たちの言われるままに風呂場へと連れて行かれる。

 そのまま無理やり風呂に入れられ、あまつさえ背中を流そうとしてくるのを丁重に断った。

置かれていた白い浴衣に嫌々ながら袖を通し風呂場を出ると、
待っていた女性たちにいずこかへと案内される。

やがて見えてきた襖の前で、彼女たちが一斉に膝をついた。

うちの一人が襖へ手をかける。

開かれた質素な作りの六畳間の前で目を瞬いていると、別の一人が平頭したまま口を開いた。

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オープニング背景画像:ぺるみけさんによる写真ACからの写真