晩春の夜風に薫る記憶は 64
キイロイトリさんによる写真ACからの写真

≪ 第四章 運命(さだめ)よりも 20 ≫



「俺が一人で行けば狙われるのは俺だけで済むはずです。
お願いだから千代さんだけでも戻ってください」


 きっぱりとした口調で告げると、千代は拳を握り締め頭を横に振る。


「嫌です。私も一緒に行きます。真人様には真人様の譲れないものがあるように、
私にも譲れないものがあるんです」


 千代がシルクハットで隠れた奥の瞳に決意の色を浮かべ、じっと見つめてきた。


「どうしても駄目だとおっしゃるなら、今すぐこの場で変装を解き、
裸で村を巡ります」
「千代さん……」


 帽子のつばに手をかけ本気だと訴えかけてくる千代を前に、真人は困惑する。

こめかみに手をやりながら、しばし黙考した。

これでは夕方の苦労が台無しだが、
このままでは千代が全裸で街を徘徊しかねない。


「しかたないな」


 呟くと、千代の瞳が俄かに輝いた。


「ありがとうございます」


 礼を述べてくる千代に対し、真人は深い溜め息を吐く。

頭を掻きむしりたい衝動を堪えながら、大きく天を仰いだ。

 自分を先頭に千代と信二が歌を歌いながらついてくる。

三人だけの儀式だ。時折強く吹く風に白い衣装が煽られなびき、足へとまとわりついた。

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オープニング背景画像:ぺるみけさんによる写真ACからの写真