晩春の夜風に薫る記憶は 95
キイロイトリさんによる写真ACからの写真

≪ 第七章 記憶の中で 1 ≫






 光の渦を抜けると、そこは夜の山中だった。

真人は上体を起こし、寒さに身を震わせる。

目前には大きな岩があり、その上で老人がじっと自分を見下ろしていた。


「帰ってきたんですか?」


 膝に置かれたリュックの感触を確かめながら尋ねると、老人が頷く。


「千代さんは? 千代さんはどうなったんです? あの村は?」


 立て続けに訊くと、老人がさも面倒臭そうに眉を顰め、手を小さく振った。


「そんなもんとっくにそれぞれの時代に帰りおったわ。
場も解体されたであの淀みはもうない。
お前さんもあの娘も、五月の風が創り出した呪縛から、解き放たれたんじゃよ」


 長い髭をさすりながら話す老人を前に、でも、と真人は俯く。


「なんだ、まだ何か不満なのか」


 老人の刺々しい声音が降ってきて、おずおずと視線を上向けた。


「俺のせいで信二さんが犠牲になってしまいました」


 一度話し出すと、堰を切ったように後悔の念が溢れ出してくる。


「俺がもう少し周りに気を配っていれば、信二さんは死なずに済みました。
もうあと少しだけ村の人たちを信頼していたら、
あんな悲しい結末にはならなかったはずだし。
何より、千代さんを泣かせずに済んだはずなんです」


 口を閉ざし下を向くと、老人が深い溜め息を吐いた。


「そこまでわかっておるなら教えてやるとするか。
真人よ。彼(か)の者こそがな、器こそ違うが間違いなく、
あの崖で水晶玉を造らなんだ職人なんじゃよ」
「え?」


 でも、と目を瞬かせていると、老人が言葉を紡ぐ。


「忘れるなよ、真人。彼(か)の地は五月の風が創り出したもの。
あの男は子供を犠牲にしたことを後悔し、命を絶っておるのだ。
だが深い悔恨の念は強い記憶としてその場に残り、
五月の風に取り込まれることによって渦を巻いた。
そうしてできた空間こそが、あの村、というわけじゃよ」


 つまりな、と老人がひたと見据えてきた。


「初めから死んでおったあの男は、
あの場で今一度死ななければならぬ運命にあったんじゃ。わかるな、真人」


 老人の言葉に、真人はどうしても頷けなかった。

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