夕立 38
K-systemさんによる写真ACからの写真

  七



「君は、子供よ」


 小刻みに全身を震わせ始める優へ、わたしは静かに語る。


「あの日、君は限界だった。
君は、……君は自由になりたかったの。
君の本当のお母さんは潔癖症で、君のお母さんは他に二人もいた」


 叔父から聞いたことを思い起こしながら、わたしは言葉を紡ぐ。

彼の生い立ちを。優を育んだ悲しくも歪んだ情愛の根を。

 優は孤独だった。

彼は愛情に飢えていた。

 優を溺愛していた父親は、しかし彼の母親を疎んじていた。

だが離婚はせず外に愛人を三人も作り、
あろうことかその内、子のない二人を家へと招き入れ、奇妙な共同生活を始めた。

それもこれも我が子のためだった、と
優の父親は叔父に語ったという。

けれど捩じれた情愛は、やがて波紋の輪を広げることとなった。


「君のお父さんは、そして世間のみんなも、君が持つ才能に君を神童扱いした。
真理ちゃんはそんな君を妬んで意地悪をし、真理ちゃんのおばさんは、
君のお父さんが好きで君と君のお母さんに嫉妬していた」


 残された愛人は優の父親の子を成したが、彼ら家族の中へは入れなかった。

自分にも自分の子供にも十分な愛情を注いでくれない男を愛人は憎み、
逆に溢れんばかりの愛情を注がれていた幼い優を、彼女は憎んだ。

そうして憎しみは、愛人の子供にも伝染したのである。


「でも、君は、君の心は、普通の少年と変わらなかった」


 そうでしょう、と窺うように彼の顔を覗き込んだ。

優の表情からはもはや笑みはなく、黒い瞳からは大粒の涙がこぼれ出ている。

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