夕立 8
K-systemさんによる写真ACからの写真

  四



「あ、紗智子(さちこ)さん!」


 驚きの表情とともに迎えてくれたのは事務のアルバイトをしている後藤美喜(ごとうみき)だった。

美喜はわたしがオフィスの扉を開けるなりすぐさま立ち上がる。


「久しぶり、美っちゃん」
「本当ですよ、すっごく心配してたんですから!」
「ごめんね」
「電話にもめったに出てくれないし」
「ごめんってば」


 膨れっ面で拗ねてみせる美喜に苦笑して自分のデスクに座ると、
後ろ手に探るような視線が追いかけてきた。


「もう平気、なんですか?」


 わたしは何も言わずただ自動的に口の端を上向きに引く。

美喜はそんなわたしに対し、絶望とは言えないまでも悲しげな色を湛えた瞳で見つめてくる。

痛いほどの重い沈黙が降りた。

お互い、こんな苦い思いを長々と抱えていたいわけではないはずなのに。

だが、わたしも彼女も、それを打破するだけのものを何も持ち合わせていなかった。

結局わたしたちはいたたまれない沈黙の中、ただまんじりと時を過ごした。

時間で言えばせいぜい数十分程度のものだったが、
自分の人生の何分の一かが確実に削られたかのように感じられた。


(どうせならこのまま、本当にすべてを奪ってくれたらいい。
そうしたらきっとゼロに戻れるのに……)


 そんな埒もないことをつらつらと考え始める。

ふいに、控えめな音がして事務所の扉が開いた。

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